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壽豊郷文史館

日本統治時代、台湾総督府は花蓮、台東一帯で大規模な移民政策を行いました。これにより、1911年から1924年の間、東台湾にはいくつかの移民村が建設されました。吉野(花蓮県吉安郷)、豊田(花蓮県壽豊郷)、林田 (花蓮県鳳林鎮)、瑞穂(花蓮県瑞穂郷)、鹿野(台東県鹿野郷)など、十箇所あまりの移民村には、北海道や四国などの農村地帯から日本人が入植してきました。西洋文明の導入により発展を遂げていた日本人は、ここに模範的な移民村を建設したのです。これは台湾における農業経営の規範となり、各方面に多大な影響を与えました。


これら移民村の多くは完璧な計画に基づいた集落で、村内の道路は碁盤の目状であるほか、各家の土地は正方形となっています。村には農業および家政技術の指導を行う移民村指導所や、治安を維持する派出所、医療サービスを行う医療所などがありました。また、信仰の中心として神社や布教所、子弟の教育を行う小学校も設けられました。こうしたことから当時の日本の移民政策が詳細かつ厳密に実施されていたことが伺えます。また、各村の自給率も非常に高いものでした。


戦後、入植者は日本に帰国させられ、それから60年という歳月が流れました。残されたいくつかの建築と文物からは往時の暮らしを垣間見ることができます。ここ数年、地元の郷土史研究家などの努力により、これらの歴史は徐々に多くの人たちに知られる存在となりました。 


豊田は移民村の中でも比較的保存状態が良好です。現地の人々も積極的で、過去の文化資産に新たな生命力が吹き込まれています。地図上には「豊田村」という日本統治時代の地名はありませんが、これはちょうど現在の壽豊郷の豊裡村一帯にあたります。豊裡国民小学は以前の豊田小学校でした。構内には剣道などに用いられた小さな講堂が残っており、これが現在豊裡小学校に残っている唯一の日本時代の建築物です。また、中山路と民権路の交差点には高さ約10メートル、幅6メートルの鳥居が残っています。これは豊田神社(現在の碧蓮寺)にあった三つの鳥居のひとつで、完全に残っているのはこのひとつだけです。鳥居から約1キロ参道を歩いていくと、碧蓮寺に着きます。ここには豊田村の開拓記念碑や狛犬、石燈籠、老木などが残っています。

当時の警察官の宿舎は長らく放置されてきましたが、現在は修復工事が行われ、「壽豊郷文史館」として生まれ変わりました。ここには豊田村や周辺地区の古写真が数多く展示されています。日本の移民村の歴史を知る上では見逃せないスポットです。 
 

 米宝宝の便利メモ
壽豊郷文史館
電話:886-3-8653830
解説予約:886-3-8650243
住所:花蓮県寿豊郷民族街23号

マップ

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